大判例

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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)112号 判決

控訴人

大同メタル工業株式会社

被控訴人

大野信廣

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、書証の認否は、左に付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人

一  原判決は、控訴人主張の通常解雇原因について、その外形的事実関係を大要認めながら、これに対する解雇の効力を判断するにあたって、右事実関係の存在が、被控訴人の従業員としての適格を著しく欠くものとはいえないとして、控訴人の主張を排斥した。しかしながら、以下述べるとおり、本件解雇の効力に関する原判決の判断には、重大な誤りがあり取消をまぬがれない。

1  ビラ配布及びマイク放送(原判決理由二、6(一))について

右ビラ配布は、控訴人会社正門入口でなされ、またマイク放送は、組合大会が開催された会社食堂からわずか二、三米程度しか離れていない会社の塀にそった道路から右組合大会会場に向けて行なわれたもので、かつ専ら控訴人会社の従業員を対象としたものである点からすれば、右各行為は、控訴人会社の施設及びその敷地内において行なわれたのと同一視すべきものである。また、右ビラ及び放送内容は、たんに労使協調路線をとる組合執行部批判を目的とするにとどまらず、長年にわたって組合執行委員長、書記長として、控訴人会社の従業員から信任されてきた野末進、加藤由治個人の信用を著しく傷つけ、重大な侮辱を加えるもので、これらの行為は、就業規則(以下たんに「規則」という)九二条八号、同九三条六号に該当することは明らかである。

2  ビラ貼付(原判決理由二、6(二))について

被控訴人の右ビラ貼付は、夜間非公然に行なわれ、その一部は、控訴人会社の顔ともいうべき本社正門の社名表示板上を始め、本社名古屋工場の塀に貼付されている。また、その内容は、「ダラ幹打倒、組合再建」「ダラ幹野末グループ反対」「野末やめろ、恥を知れ」等明らかに野末進という特定個人を誹謗中傷した内容であって、たんに組合執行部批判のみを目的としたとは到底いえない内容を含み、さらに「生産をかく乱せよ」等控訴人会社の生産体制の破壊を目的とした内容のものもあり、被控訴人の従業員としての非適格性を顕著に示している。これらビラ貼付行為が、規則九二条八号、同九三条六号に該当することは明らかである。

3  会社内ビラ配布(原判決理由二、6(三))について

右ビラの内容には「地方赤軍の拡大を通じて主力赤軍を拡大せよ」「逮捕されても黙否に徹せよ」「生産点支配秩序のマヒ、その持続化」等具体的内容を挙げ、被控訴人の反戦活動歴、逮捕容疑事実、当時赤軍による銀行強盗事件が頻繁に報道されていたこと等を合わせ考えれば、右ビラの内容は、被控訴人が暴力による企業破壊を企てていたことを明示し、かつその煽動を企図していたことは明らかであり、これらが控訴人会社の従業員に与えた影響は大きい。右ビラ配布は規則九二条八号に該当するだけでなく、その内容は、控訴人会社の職場秩序の攪乱を目的とするもので、控訴人として看過できるものでない。

4  被控訴人の逮捕、勾留問題(原判決理由二、1ないし3)について

被控訴人が、連合赤軍幹部である坂口弘、同永田洋子を泊めた事実(犯意の点を除く)は、原判決の認定するところであり、この客観的事実に、原判決認定の被控訴人と連合赤軍の寺林真喜江、加藤倫教との密着した間柄、被控訴人配布のビラの内容等を合わせ考えれば、被控訴人が右坂口、永田両名の犯人蔵匿の意思を有していたことは明らかである。仮に右犯意の点が認められないとしても、原判決認定のような前記坂口、永田両名を泊めた客観的事実及び被控訴人と連合赤軍との密着性は、現在の生産体制を維持しようとする企業として黙過できない重大事である。

また、被控訴人の逮捕によって、被控訴人が、控訴人会社の従業員であること、被控訴人が連合赤軍幹部の坂口、永田両名を泊め、犯人蔵匿罪の嫌疑で逮捕されたことは、広くテレビ、新聞等で報道された。右報道により、控訴人会社の主要取引先であるトヨタ、日産、日野、三菱等の各自動車会社からは、問合わせが相次いだ。

これは、控訴人と右各自動車会社との取引が完全な受注生産方式であるため、従業員中に連合赤軍関係者がいたという報道によって、品質、納期等に関し今後の取引の円滑的継続を危惧したことによるものである。また、右報道により控訴人会社のその後の求人に対する学校からの応募等にも多大の影響を受け、これらによる控訴人会社の対外的信用失墜にははかりしれないものがある。これらの結果を招来したのは、被控訴人が、前記連合赤軍幹部らを泊めた事実に端を発しており、被控訴人の責に帰すべき事由によるものである。被控訴人の右行為は、規則九三条四号の懲戒解雇事由に該当することは明らかである。

5  被控訴人の勤務成績(原判決理由二、8)について

被控訴人は、作業能率も悪く、不良品の発生率も他と比較して高く、勤務成績は劣悪である。

すなわち、控訴人会社内での作業は、実働八時間として、手動式機械を用いた場合の標準生産量は、約四〇〇〇個であるところ、被控訴人は、右生産量が約三〇〇〇個位であり、通常の従業員の約七〇パーセント程度の生産量を挙げることしかできず、また被控訴人については、特別に二〇個生産することに肉厚誤差を点検するように指示されていたのに、これに従わなかったため、不良品も多く発生していた。

二  本件解雇は、規則二三条六号による通常解雇である。したがって、被控訴人の言動が企業秩序維持の観点から解雇されてもやむを得ないと認められる程度の事由があれば解雇しうるものというべきところ、前記一、1ないし4で述べたような被控訴人の一連の行動は、いずれも規則違反にとどまらず、被控訴人が連合赤軍又はその同調者として、企業秩序を破壊し、又はこれを混乱に陥らせる目的にでた行動である。控訴人会社としては、取引先の不安を解消し、対外的に信用を回復して企業秩序を維持するためには、被控訴人との雇傭関係を解消するのもやむを得ないといわねばならない。本件解雇は、以上のほか、被控訴人の勤務成績が極めて不良である点をも勘案し、被控訴人の任意退職を求めたが、同人が拒否したため、通常解雇をするにいたったもので、解雇につき正当性を有することは明白である。

被控訴代理人

本件解雇は、就業規則、労働協約の定めを無視したもので、被控訴人には通常解雇ないし懲戒解雇事由は存在しない。控訴人の当審における主張は、以下述べるとおり失当である。

1  控訴人は、本件解雇は規則二三条六号による通常解雇である旨主張する。右規則二三条六号は、従業員としての適格を欠く場合についてのいわゆる一般条項であるところ、控訴人会社の場合、規則及び労働協約において認められている具体的解雇事由を検討すると、従業員としての適格を欠く場合のあらゆる具体的事由を列挙しており、右の具体的解雇事由以外に規則二三条六号の一般条項の働く余地は殆んどない。控訴人が本訴で主張する解雇事由は、右規則又は労働協約に違反しないか、或は違反をもって問責する程度の違法性のないものばかりであり、勿論これが直ちに右通常解雇事由に結びつくものでもないし、いわんや懲戒解雇事由に該当する余地のないこと明らかである。

2  被控訴人の逮捕、勾留及びこれに基づく報道による会社の信用失墜問題は、被控訴人の企業外の私行を解雇事由とするものである。ところで、従業員の企業外の私行に関し、控訴人会社の規則上の取扱をみるに、(1)逮捕、勾留されたのみでは、なんらの措置はとられない。(2)公訴提起された場合は、場合によって休職を命ぜられることがある(規則一三条六号)。(3)刑事裁判が無罪となった場合はなんらの措置はとられず、休職を命ぜられていた者は復職する。(4)刑事裁判について有罪とされ、かつ事後の就業に不適当と認められるときは、これを懲戒解雇事由とする(規則九三条一三号)、とされている。したがって、右規則上からは、被控訴人が逮捕、勾留されて、処分保留のまま釈放された事案について、これを解雇事由とすることができないことは明白である。控訴人は、被控訴人の逮捕によって生じた会社の信用失墜を解雇事由として主張するが、仮に信用失墜が問題となりうるとしても、それは、規則一三条六号の公訴を提起され、会社に勤務することができないと認められる段階にいたって初めて問題とされる余地が生ずるに過ぎず、それ以前の段階で会社の信用失墜を問題とする余地は全くない。いわんや、被控訴人は、その後被疑事実について、嫌疑不十分ということで不起訴処分となっているのであるから、これに関して、会社の信用失墜を事由に解雇するいかなる正当理由も見出しえない。また、被控訴人の逮捕事実が広く報道され、これによって会社がなんらかの影響をうけたとしても、これらは、警察の発表に基づき、被控訴人の弁解の機会もないまま一方的に報道機関がなしたもので、その発表は被控訴人の全くあづかり知らぬところで、被控訴人になんらの責任もない。事実被疑事実については、証拠不充分とされて、不起訴となったのであるから、会社の信用失墜が問題となるとすれば、それは被疑事実が存在するかの如き誤った報道をした報道機関に向けられるべき問題である。また、本件証拠上も、事実上の問題として、控訴人会社の信用失墜による実害は生じていない。

3  控訴人は、被控訴人の会社における勤務成績を云云するが、被控訴人は、通常の勤務実績を挙げており、主張のような成績不良の事実はない。また、手動式機械を用いた場合の標準生産量は、一日約三〇〇〇個であり、控訴人の主張は、前提となる標準生産量を過大に見積ったものである。のみならず、従業員の勤務成績の優劣は、就業規則上解雇事由となんらのかかわりを持たないことが明らかであり、控訴人の主張はこの点においても失当である。

証拠関係(略)

理由

一  原判決請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがなく、また、本件解雇に至るまでの経緯については、左のとおり付加、訂正又は削除するほか、原判決理由「二本件解雇に至るまでの経緯」(原判決二〇枚目裏九行目から同三〇枚目裏七行目まで)の認定と同じであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決二一枚目表一〇行目の「同岡田一郎」の次に「、当審証人村田進」を、「原告本人尋問」とあるのを「原審及び当審における被控訴人本人の各尋問」とそれぞれ付加する。

2  原判決二四枚目裏九行目の「中京安保共闘のメンバーである」とあるのを「後に中京安保共闘のメンバーとなった」と改める。

3  原判決二七枚目表一行目の「全く知らなかった」とあるのを「全く知らなかったが、被控訴人が逮捕された後の昭和四七年八月二二日頃、控訴人は右配布の事実及びその内容を知った」と改める。

4  原判決二七枚目表三行目の「前記ビラ貼付」とあるのを「前記二6(一)(二)のビラ貼付」と改める。

5  原判決二七枚目裏末行の冒頭から二八枚目表二行目までを削除する。

6  原判決二八枚目表六行目の「ビラ貼付等」とあるのを「前記二6(一)ないし(三)のビラ貼付、ビラ配布等」と改める。

7  原判決二九枚目裏九行目冒頭から三〇枚目表一行目までを削除する。

二  原判決三〇枚目裏八行目(三本件解雇の効力)から同三六枚目表末尾までを次のとおり改める。

「三 本件解雇の効力

1  控訴人会社の就業規則中減給、出勤停止、役位剥奪の懲戒処分事由として九二条八号が、懲戒解雇事由として九三条四号六号が、普通解雇事由として二三条一号ないし六号が存在すること、右規則の文言が別紙添付のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  控訴人の被控訴人に対する本件解雇は、普通解雇であるが、その主張によれば、懲戒解雇事由として、被控訴人の逮捕、勾留及びこれに関する報道による会社の信用失墜(規則九三条四号)、マイク放送、ビラ配布及びビラ貼付による特定個人への誹謗、重大な侮辱(規則九三条六号)、の各存在を主張しているので、まず右懲戒解雇事由の存否について判断する。なお、控訴人主張の被控訴人の会社施設及び敷地内におけるマイク放送、ビラ貼付、ビラ配布問題(規則九二条八号)は、仮に規則該当の行為があったとしても、減給又は出勤停止等の処分を行いうるに過ぎず、懲戒解雇事由となりえないことは明らかである。

(一)  前記引用にかかる原判決認定事実によれば、控訴人会社の従業員であることを明記してなされた被控訴人の逮捕に関する報道は、その嫌疑内容が栃木県真岡市猟銃強奪事件で指名手配中の連合赤軍幹部坂口弘、同永田洋子を、犯人であることを知りながら小屋にかくまったことを内容とするものであるだけに、そのこと自体控訴人会社にとって信用を損う出来事であり、これが広く報道されたことにより、控訴人会社が取引先から不信感を持たれ、会社の企業活動になんらかの影響を及ぼすことになることは、推認するに難くないところである。しかし、被控訴人主張のとおり、従業員の企業外の犯罪行為につき控訴人会社の就業規則上逮捕、勾留されただけでは何らの措置はとられず、公訴提起された場合に休職を命ぜられることがあり(規則一三条六号)、刑事裁判で有罪とされた場合に事後の就業に不適当と認められたときは懲戒解雇する旨の規定(規則九三条一三号)があり、このことは控訴人の明らかに争わないところである(別紙参照)。これとの均衡を考えると、被控訴人の逮捕、勾留及びこれに関する報道による控訴人会社の信用失墜が前記規則九三条四号の懲戒解雇事由になるかどうかは被控訴人が真実右被疑事実を犯したものであるかどうかの結論をまって決せられるべき問題である。ところが、本件においては、被控訴人が、男一人、女一人を泊めた事実は認められるものの、それが坂口、永田両名であることを被控訴人が知っていたかどうかは、右犯意の裏づけとなる人的物的証拠が充分でないため処分保留のまま釈放され、その後嫌疑不充分として不起訴処分となっているのである。したがって、右経緯のもとでは、被控訴人が被疑事実を犯したと認定をするのは困難であるから、前記規則九三条四号の懲戒解雇事由の存在は認めることができない。

(二)  次に、被控訴人が、寺林真喜江、座間俊太郎らに依頼して、控訴会社の組合執行委員長野末進、同書記長加藤由治が、会社の手先で組合を裏切っているから役員に当選させてはならない旨のビラ数一〇〇枚を配布したり、同趣旨のマイク放送をさせたこと、また、自ら「野末やめろ恥を知れ」「ダラ幹野末グループ反対」等の記載文言のビラを、本社正門、塀、犬山第一、第二工場、前原及び岐阜工場周辺等に貼付したことは、引用にかかる原判決認定のとおりであるが、右内容は文言からみて組合幹部に対する批判を主たる目的としたものであり、これが同時に野末、加藤個人に向けられた侮辱又は誹謗であるとしてもその違法性は軽微であり、これをもって懲戒解雇事由とすることはできない。

3  次に控訴人主張の普通解雇の効力について判断する。

(一)  控訴人会社の規則三三条六号によれば、普通解雇事由として「その他前各号に準ずる程度の事由あるとき」とする一般条項を置いており、右前各号には、従業員として心身的欠陥又は老衰のため企業経営上雇用契約を継続しがたい場合(同条一、二号)、事業経営上やむをえない都合のあるとき(同条五号)、等を規定している。右各規定の趣旨、内容からすると、同条六号の趣旨は、前各号には直接該当しないが、従業員の行動が、職場秩序、規律の維持、企業の円滑な運営上、解雇させてもやむをえないと認められる程度の不適格性を具えておれば解雇できるものと解すべきである。

(二)  よって、以上を前提として、検討するに、引用にかかる原判決認定事実によれば、被控訴人は、不起訴処分となった犯人蔵匿罪については、昭和四六年八月頃、被控訴人が活動の拠点として他から賃借中の小屋に男一人、女一人を泊めた事実を認めており、犯意は別として、連合赤軍幹部である坂口、永田を泊めたことは事実として認められること、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が前記小屋に泊めるのは、被控訴人と思想的に同調ないし共鳴できる人物に限定され、被控訴人の知り合いか、又は紹介者があるものだけを泊めたものであることが、また(人証略)によれば、前記不起訴処分となった理由は、後に赤軍派関係事件で軽井沢で逮捕された寺林真喜江が、後に赤軍派に所属した山本順一に依頼して、坂口、永田の両名をかくまってもらうため、右両名を被控訴人のところへ連れて行ったが、連れて行った山本順一がその後虐殺されたため、前認定のとおり犯意の点が証拠不充分となったものであることが、それぞれ認められること、引用にかかる原判決認定事実によれば、控訴会社の組合大会におけるビラ配布は、右寺林真喜江のほか、後に中京安保共闘の一員となった加藤倫教らも参加していること、被控訴人らの配布ないし貼付した各種のビラの中には、「生産をかく乱せよ」「地方赤軍の拡大を通じて主力赤軍を拡大せよ」「革命闘争、人民解放、民族解放の血の闘争が生み出した人民の尊い遺産」「生産点支配秩序のマヒ、その持続化」「対権力闘争、逮捕後とくにきびしく続けられる敵権力の心臓を黙否に徹して突け」等々連合赤軍若しくはその同調者であるかのように思われる文言が多数用いられていること、等本件にあらわれた被控訴人の各所為を合わせ考えると、被控訴人が反社会的暴力集団である連合赤軍の一員ないし支援者として、これと極めて密接な関係を持っていたものであり、また会社内部においても、職場の規律及び秩序を乱し、ひいては生産の阻害をもたらすおそれのある前記判示(原判決理由6(一)ないし(三))のような活動を行っていたものと認めるのが相当である。

(三)  被控訴人が控訴人会社の従業員であること、及び前記容疑事実によって逮捕、勾留された事実が広くテレビ、新聞等で報道されたことは、引用にかかる原判決認定のとおりであり、(人証略)によれば、右報道後取引先の大手各自動車会社から、控訴人会社に連合赤軍関係者がいたことから、製品の品質、納期等今後の取引の円滑的継続を懸念して問い合わせが相次いだことが認められ、引用にかかる原判決認定のとおり、控訴人会社は自動車会社からの完全受注によって、かつ各自動車生産ラインと直接結びついて自動車エンジンのベアリングメタル(平軸受)を生産する方式をとっていたのであるから、被控訴人に関する前記報道によってその事業執行にかなりの支障が生じたであろうことは容易に推認できるところである。また、(人証略)によれば、控訴人会社の求人に対する昭和四八年度の学校からの応募者数が、そのすべての原因が被控訴人の前記報道によるものであるかどうかは明らかでないにしろ、対前年比の約半分に減少してしまったことなど、被控訴人の前記報道が、企業としての控訴人会社の信用ないし社会的評価にある程度の悪影響を及ぼしたことが認められる。これらの点について、被控訴人は、右報道による会社の信用失墜、事業への影響の責任は、被控訴人について、被疑事実が認められず、不起訴処分となった以上報道機関に向けられるべき問題である旨主張するが、右不起訴処分は、犯意について証拠不充分とするもので、被控訴人が、坂口、永田両名を泊めた事実まで否定するものではないから、これを前提とする報道による控訴人会社への影響の責任の一端は被控訴人についても認められるべきものといわねばならない。

(四)  以上の点に引用にかかる原判決認定の被控訴人の勤務成績が良好でなかった事実を総合すると、被控訴人会社において、今後職場の規律、秩序を維持し、企業の円滑な運営を期するためには、被控訴人との雇用関係を解消するのもやむをえないものと認めるのが相当である。したがって、控訴人の本件解雇は規則二三条六号所定の解雇事由に該当するものというべきであり、予告手当(平均賃金三〇日分)を提供してなされた本件解雇は、その意思表示の到達した昭和四七年八月三一日(意思表示の到達時期につき当事者間に争いがない)限り解雇の効力を生じたものというべきである。

4  被控訴人は、本件解雇について、被控訴人に対して、解雇事由及び規則上の根拠が明示されていない旨主張するが、(証拠略)によれば、本件解雇に先だち被控訴人に対し、控訴会社取締役犬山第二工場長、控訴会社参事岡田一郎、同労務担当主査杉山繁らから右解雇事由及びこれに対する規則上の根拠について具体的な説明がなされている事実を認めることができ、解雇手続において違法な点はない。

5  被控訴人は、本件解雇は労働組合法七条一号、三号に該当し、かつ労働基準法三条に反するから無効である旨主張する。しかしながら、本件解雇は、規則二三条六号に基づく解雇であり、その具体的な理由はすでに説示したとおりである。本件解雇は、被控訴人が労働組合員であること、又は組合活動をしたことを理由とするものでもないし、また、被控訴人のなした前記認定の各所為を理由として解雇したもので、被控訴人の思想、信条を理由とするものでもない。したがって、右主張は理由がない」

三  結論

してみると、被控訴人の本件解雇無効を理由とする本訴請求は失当であるから、これを棄却すべきである。これと結論を異にする原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条によって原判決を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝川叡一 裁判官 加藤義則 裁判官 上本公康)

別紙 就業規則

第一三条 社員が、次の各号の一に該当するときは休職を命ずる。

(一号ないし五号略)

六 刑事事件に関し訴訟を提起されたときで、会社に勤務することができないと認めたとき。

第九二条 次の各号の一に該当するときは減給または出勤停止あるいは役位剥奪に処する。ただし、情状により譴責にとどめることがある。

(一号ないし七号略)

八 会社の施設およびその敷地内において、会社の許可なく掲示および貼布(貼付の誤記と考えられる)または図書印刷物を配布し、または放送もしくは演説をしたとき。

第九三条 次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇に処する。ただし、情状により減給、出勤停止または役位剥奪に止めることがある。

(一号ないし三号略)

四 故意または重大な過失によって会社の信用を失墜したとき。

(五号略)

六 他人に対し、正当な理由なく誹謗または重大な侮辱をしたとき

(七号ないし一二号略)

一三 刑罰法規に違反し、第一審にて有罪の確定判決を言渡され自後の就業に不適当と認められるとき。

第二三条 会社は社員が次の各号の一に該当するに至ったときは解雇する。

一 精神または身体の障害により業務に堪えないと認めたとき。

二 老衰のため業務能率が著しく衰えたと認めたとき。

三 懲戒解雇の処分が決定したとき。

四 打ち切り補償を行なったとき。

五 事業経営上やむを得ない都合のあるとき。

六 その他前各号に準ずる程度の事由あるとき。

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